タニアンの勝利

以下は神知者帝国(中部海洋帝国)の勃興時の出来事の記事の集成です。(またその後の神知者たちの知識と近視眼をも良く表している出来事としてよく取り上げられます。)

第一期、グローランサの海洋交通はごく一部を除いて巨大な竜船(ドラゴンシップ)を操るウェアタグ人に支配されていました。彼らは元々のダンマラスタン(論理王国)の六部族のひとつでしたが、海の民であるトリオリーニと契りを結び、親族関係に由来する海上と海中の両方に渡る帝国を支配していたのです。この状況を変えたのがジルステラの「海の自由人」と呼ばれる団体でした。

下記はMiddle Sea Empire 15-16ページのウルマル大公(訳注:当時王位は空位だった)の治世に起きた出来事の抄訳です。Anaxial Rosterによるとこのときの戦いで、セトイ族(哺乳類の魚人族)の一種族、鯨のフリーキン族が絶滅しました。ウェアタグ人は辺境に押し込められ、多くが滅ぼされました。神知者たちの海上制覇が確立し、争うのは東方諸島や、エリノール帝国など地方勢力に限定されるようになったのです。

660年のはじめに、ジルステラ連合が生んだ利益は、ジルステラ人を海上進出に駆り立てた(原脚注1)。このような事は、小舟や沿岸用の帆船なら多く持っていたのにもかかわらず、人間の手では行われたことはなかった。海の原住民であるウェアタグ人は「曙」以来、全ての海上の交易を司っていた。これまで何者かが海の民となるためにこの状況をおびやかす時はいつでも、ウェアタグ人が阻止していたのである。

ジルステラの「海の自由人」(原脚注2)は事実上ウーマセラへと航海し、ウェアタグ人が権利の侵害に報復する前に帰還した。その時「自由人」たちの船とスヴァルウォルの都は巨大な潮流に呑み込まれた。驚嘆すべき奇跡により、新たなるマルキオン教司祭達はこの事故の犠牲者の大部分を蘇生させた。彼らは、「正しき船の建造者」(原脚注3)として、この事件のあとは継続して熱狂的に仕事を進めた。

彼らはさらに艦船を建造し、何種かの商品と人々を積んでウーマセラまで往復した。そして713年までにはセシュネラに到達した。ウェアタグ人は攻撃をおこなったが、ジルステラ人がよく準備を整えるようになるに従い、成果は上がらなくなった。最後には、ウェアタグ人の外交官が島全域を呑み込むようドロスポーリー(原脚注4)を召喚すると脅しをかけた。ジルステラ公子はその時、

「真の神と、真のマルキオン教徒と、神の運命の元にある真実の民による呪い」

という言葉でその恫喝に酬いた。

ウェアタグ人は彼等の目的に対するセシュネラのウルマルの援助を要請した。ウルマル大公は「新たなる秩序」教団の助言に従ってジルステラ連盟側に運勢を賭け、その上でこの関係は条約による同盟と化した。セシュネラ人の多くが危険な航海を冒して、ジルステラに舞い戻った。ジルステラ連盟は祝福を送り、ウルマルが「大公爵」と名乗ることを認め、彼が行ってきた全ての事業を追認した。(原脚注5)

718年に勇敢で愚かな「海の自由人」の人員が小さな木製の船を大海そのものへと船出するため押し出した。彼等の唯一の積み荷は妖術使いの魔道師と新しく作られた、まだ試されていない風変わりな装置であった。彼等は五十隻あるウェアタグ人のドラゴンシップ、水上都市のほぼ全てと立ち向かった。ウェアタグのこれらの艦は彼等の呪詛を集中し、敵の敗北をあざ笑うために来たのである。

ウェアタグ人たちは支配する大波の全てを呼び起こしたため、長大な津波の峰の上で小さな船隊を見下ろし、ジルステラの巨大な島を海に沈めようとしていた。彼等は支配下にある龍巻や大渦と、鯨、鮫、クラーケンから成る大群を引き連れていた。艦の周りには魚人の七種族が遊泳して食物に死を与える準備をしていた。海の全勢力が準備を整えていた。

その時、魔道士達はもう一柱のこれらとは異なる海の神性を召喚した。彼等はそれをあたかもただの一体の精霊であるかのように呼び出した。そして彼らはその神に彼の父親を呼ばしめた。鬼神学のやり方に従ってその者が行動するよう強制したのである。父神はタニアンであり、天空の世界の水であった。天界ではその水を含めて、火炎からつくられているのである。

魔道士達の命令に従い、また僧侶たちの意志に応じて、天が口を開け、燃える海がウェアタグ人の上に流れ落ちた。この炎は消し止めることができず、船と、魚人と、波と、大渦の全てが逃れようもなく炎に取り巻かれ滅んで行った。この火炎は水面下にさえ入り込み、その通る所いかなる者も逃れる所がなかった。ジルステラ人はこの戦いを「タニアンの勝利の海戦」(原脚注6)と名付けた。多くの船が破壊され、乗員は船の製材が持ちこたえても殺されたが、それでも自然そのものに対する驚くべき勝利であった。


以下はMiddle Sea Empireの17ページの同時代人による脚注です。
(原脚注1)ゲルフージェ・アルシュ・フォーラ:大船のゼレンレストルは船の発明者であった。彼は次の数世代に建造された船の基本的な設計を定めた。ゼレンレストルの最初の船は「ウスタラの希望」である。ウスタラは彼の妻であった。

(原脚注2)ゲルフージェ・アルシュ・フォーラ:この英雄の一団はジルステラの最高のものの縮図である。彼らの勇気、革新性と冒険心はいまだにジルステラ人の探求を求める心の象徴である。

(原脚注3)ゲルフージェ・アルシュ・フォーラ:これは修道士の教団であり、謙譲心と建造に献身している。この霊感を得たグループの宗教的姿勢はしまいには魔術の船となり、極東で勝利を定めた致命的なリバイアサン艦につながった。

(原脚注4)ゲルフージェ・アルシュ・フォーラ:ドロスポーリーは深淵の大いなる怪物である。魚人族はドロスポーリーを祖先と称しており、彼らの王であるエガナスタフォルスマンシにドロスポーリーについて質問したとき、この魚人の王は我らの青銅のリヴァイアサンすら沈める恐るべき怪物どもを生み出すものであると誇った。しかし彼が「唯一の書」の威圧に屈服すると前言を撤回し、ドロスポーリーはまったくの嘘であると認めた。

(原脚注5)ゲルフージェ・アルシュ・フォーラ:「ウルマルの承認」は両方の集団がお互いに過ちを認め合った大いなる妥協であった。ウルマル「大公爵」は自分の予言による主張は誇大な表現であったと認め、自分の司教たちの任命は間違いであったと認めた。[ジルステラの]教父は、自分の方としては、[ウルマルの腹心]ヌララノストスが最初の[セシュネラ]大司教であることを認めた。(そうすることで、ウルマルが自分の司教や正当な牧師達を命名する権威を与えたのであった)

(原脚注6)ゲルフージェ・アルシュ・フォーラ:ここで「唯一の書」の魔道士たちは自らの霊感に導かれる魔術がいかなる過ちのエラサンチューラよりも強力であることを証明した。魔道士たちは「神々」をおのが意志に反して命令に従わせることができたからである。