リスメルダー部族の創始

リスメルダー部族の創始は、Seattle Farmer Collectiveのシナリオに始まりました。半公式的な同人誌Tales of the Reaching Moon誌の#18号から最終号(#20号)で集中的に扱われ、部族の創始の物語、アップランド湿原のディレクティとの戦い、Greydog Campaignにつながる17C現在までの歴史が描かれています。Live Action Role Playingのシナリオ"Fall of the House of Malan"の舞台としても選ばれました。

Martin LaurieがLARPに参加したときの様子を書いています。(マラン王の息子として)

ヒョルト族の氏族や部族は頻繁に離合集散を繰り返します。一番単純な理由としては、人口増加に対して土地が手狭になって養えなくなることですが、一族間の不和を同族殺しなしに切り抜けるために行われることもあります。(一番わかりやすい例はKing of Dragonpassのゲームのイベントです。)

ヒョルト人は半農半牧の民で、祖先代々の土地を捨てることもあります。また、サーターのヒョルト人は全てドラゴンキルの後に来た移民なのです。

リスメルダー部族は1356年、マラニ部族の分裂の結果生まれました。当時、ドラゴンパスに部族は少数しかなく、(マラニとコリマー)残りはほとんど独立の氏族でした。そのうち「二つ峰の砦」に中心地を持っていたのはマラニ部族。この部族を率いるのはオーランシーではなくフマクトの信者である、「狂犬」マラン王でした。(フマクト信者を王にいただくこの部族の伝統は17Cまで続きます。)

マラン王の娘であるリスメルダーは、兄のエルランド(同じくフマクト信者です)に夫を殺され、正義を父に要求しましたが、拒絶されました。混沌を呼び込む同族の争いが始まるところでしたが、氏族の法の語り部は別の方法を彼女に示しました。

リスメルダーに賛同する多くのマラニの民は彼女を族長に頂き、争うよりはアップランド湿原に近い西の地に移住することを決意しました。

賛同者の中には、マラン王の醸造師である「灰色犬の」ロルナール、その息子で、アップランド湿原のフマクト信徒の統領として高名を得ることになる、インドロダールがいました。コリマー部族の支援を受けることで彼らは独立に成功し、湿原の近くで部族を始めました。

彼らのダック(ドゥルルズ)族との戦い、ディレクティに対する敗北と、ダック族との同盟(と庇護)を受けるに至った経緯については、グローランサ年代記(King of Sartar)に載っています。

17C現代の地図です。